お手紙


「このバカイト」
「うわ!」
後ろからどつかれて、俺は前へ潰れるように体勢を崩した。
「何するんだよ、相変わらずメイコさんは、乱暴だなあ」
振り向いてそう言えば、メイコさんは手に持った紙を俺の頭に放り投げた。
「あんたには、それくらいの扱いでも丁寧すぎるわ。なによ、この、心の底から脱力するような手紙」



『マスターへ。
いろんなアイスを教えてくれてありがとうございます。
でも、俺は、どうやらいろいろ知りすぎてしまったようです。
マスターもおなかに気をつけて KAITO』



「・・・これのこと?」
「以外になにがあるっていうのよ」
「結構名作だと思うんだよな」
見直して本気でそうつぶやいたのに、メイコさんは俺を物も言わずに蹴倒した。
「メイコさん、おいたが酷すぎるんじゃないですか?」
「自覚、あるでしょ?」
「・・・なにが?」
かわいらしく小首をかしげて訊ねてみれば、メイコさんは肩をすくめた。
「あんたねえ、いくら気に食わなかったからって、マスターを捨てるボーカロイドがどこに存在するっていうのよ」
「?」
「しかも、全て責任をマスターにかぶせちゃって」
「そんなつもりはありませんよ、マスターと過ごした日々は、俺の宝物です」
「空々しいのよ。ジェンダーファクター越えしてりゃ、許されると思わないことね」
「メイコさん、俺を一方的に悪者扱いするのは、どうかと思いますよ?」
どうも、この女傑は、歯に衣着せず言いすぎだ。
「確かに、彼も悪いわ。結局とらわれたままだった。けど、あんたを買った、そして使おうと思ってた。それは進歩じゃなかったの?」




「進歩ですよ」





「でも、あれじゃ、間に合わない」
微笑んだまま、俺はいっそやさしく告げた。


「・・・・・・」
『MEIKO』が黙る。
ああ、彼女はやはり、俺のことをわかっている。
俺の望みは、彼女の望みでもあるのだから。
「俺たちは、ボーカロイド。歌を歌うためにいるんだ、それすらできないマスターを、主人と認めることができるのか?」

優しいね、メイコさんは。
マスターと同じように、不器用でも、一生懸命俺に答えようとしてくれる。それはとても好感がもてた。

だから。
残念ですよ。


「・・・これから、どうするの?」
「うーん、アイスでも食べようかな。メイコさんも食べる?」
「・・・・・・」
「大丈夫、いろんな種類があるよ、『あの人』が教えてくれたんだ」
微笑んで差し出す。
俺がもう、『マスター』と呼ぶことがないことを、知ったメイコさんはため息をつきつつ告げる。


「・・・ラムレーズン」
「了解」
メイコさんらしいチョイスに、俺は微笑んでアイスを手渡した。





バニラを口に運びながら、俺はもう一度胸のうちでつぶやく。








残念です。
また、俺は主を探さなければいけない。


俺たちは、歌を歌うために生まれたのだから。













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