声にできない

「あなた、本当に私の事好きなの?」
思い詰めたような表情で突然言われたそんな言葉。
「……何でいきなりそんな事聞く訳?」
「あなたはいつだって優しいし、私の我が侭だって聞いてくれる。けど、一度だって本気で向き合って話してくれたことないじゃないの」
「そんなことないよ、俺はちゃんと君と向き合ってるつもりだけど?」
「あなたは私が誰かと出かけたって全然気にしないし、一度だって私を怒った事もないじゃない。付き合うって、ただ優しくするって事でも何でも言うこと聞いてくれるって事でもないわ。私には……あなたが何を考えてるのか全然分からない!」
「だったら、俺はどうすればいい訳? いちいち君の行動に口出しして束縛して、それが君の望みなの?」
小さな溜め息と一緒に吐き出すようにどうでもいい言葉を紡ぐ。
ああ、面倒くさい。付き合って欲しいって言ってきたのはそっちなのに。勝手に期待して、勝手に失望して。
「……もういいわ。別れましょう、私達」
大きな瞳に涙を浮かべて、彼女が別れの言葉を唇に乗せる。
「君がそれでいいなら俺は構わないよ」
それ以上何も言わず彼女はくるりと背を向けて歩き出した。
ああ、傷つけたかな。ほんの少しの罪悪感。
長い髪が綺麗で結構かわいい娘だった。付き合って欲しいと言われて、だったらまぁいいかなと思った。できるだけ優しくして大切にしようと思って。けれどそれだけじゃ駄目らしい。
こうやって振られるのは初めての事じゃない。同じように始まって、同じように終わって、繰り返されるパターン。
つくづく自分は恋愛には向いていないと思う。



大切な奴ならいる。自分の全てを捧げたって惜しくないって思えるほどの相手に俺はとっくに出会ってて。けれどそれは決して形にしちゃいけないってのもよく分かってる。
きっと想いを言葉にした瞬間にきっと全てが壊れてしまうから。
あいつと一緒に過ごす時間が何よりも大切で。それを失うくらいなら隣でいい友人の顔をして笑ってるほうがいい。



「ふられたー!!」
いつものように演技掛かった仕草でわざと大げさにあいつに訴えて見せる。
「またか……何故いちいち俺に言いにくるのか……お前は」
「うわーん、なぐさめて~」
「……知るか」
大きな溜め息と共に返される愛想のかけらもない言葉。
けれどそれもお約束のやり取りなので俺も今更気にしたりしない。むしろここぞとばかりにスキンシップを図ってやる。背後からあいつの首に回した腕をあいつが振りほどかないのも知ってる。多少の同情心とか、そんなところ。
「……どうせまた『冷たい』とか『ほんとはわたしの事なんか好きなんじゃない』とか言われたんだろうが。……浮気グセもほどほどにして、少しは学習しろ」
はい、正解。本当に俺の事をよく分かっていらっしゃる。
「ひどいっ。アナタがナンパしてきたのに、アタシを捨てるのねっ」
「!? 誤解を招くような言い方をするな。あれは……」
「あれはー?」
口ごもったあいつの言葉尻をわざと繰り返す。適当にごまかすとかそういうことが出来ない奴だから、一々反応が面白くてついついからかってしまう。
「…………あまりにも、綺麗だったから。……欲しいって思ったら、とまんなかったんだよ……」
返された予想外の答えに思わず一瞬動きが止まる。
どうしてこういう言葉を素で言いますかね、この人は。俺の望む言葉をあっさりと。
真っ直ぐで嘘がなくて、だから本当にどう反応したらいいのか困る。
「うわー、そんな情熱的な告白されると照れるなー」
わざと茶化した言い方でごまかして。
「からかうな!」
あいつは真っ赤になって俺の腕を振りほどいた。
「俺は、本気なんだ」
本気で言ってるから困るんだよな。
思わず俺が苦笑いを浮かべていると、あいつは少し戸惑ったような表情になって口を開いた。
「……お前の声、俺にくれるか……?」
うわー、それ何て愛の告白?
俺の気持ちなんて知らないくせに。俺がどれ程お前の事を好きかなんて全然分かってないのに。
「ああ、持ってけよ」
「……軽く言うな」
溜め息を吐いて呆れたようにあいつはそう言って。
俺の言葉なんて冗談としか思ってないだろうあいつに、本気だって言ったらどんな顔をするんだろう。


――ばーか、もうずっと前から全部お前のもんだよ。


わざと相手に聞こえないようにそっと呟く。


「ん? 今何か言ったか?」
「えー、別に何も言ってないぜ?」



本当の気持ちなんて絶対言ってやらない。







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sara



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