みえない気持ち

無口で無愛想を絵に描いたような自分と比べてみたところで仕方のない話なのだが、あいつの周りはいつも賑やかだ。
なにせ人当たりはいいし、容姿はそれなりに整ってると言い切れる爽やか系だし、誰と話しても会話が弾むし、つきあいもいいし……当然、女子の間のウケもいい。
いつも楽しそうに笑っているせいなのか、アイツの周りだけなんとなく空気が違うような気がする。ほわりと和むような雰囲気にひかれ、自然とアイツ周囲に人が集まるのも当然のことなんだろうと思う。

……けれど。クラスの仲間や知り合いや仲の良い女の子との付き合いよりも。
同じクラスですらない友人との――自分との付き合いを優先したりして。
最近は「あいつのせいでつきあいわるい」なんて陰口をたたかれてるのを、実は知っている。もっと率直に、「何であんな面白味のないヤツと一緒にいるんだ」なんていう声も耳にしたから……もしかして、あれはわざと聞こえるように言っていたんだろうか。
まぁ、確かにその通りだと思う。
周囲にすれば、要素が全くかみ合わない二人が何故一緒にいるのか、意味が分からない……と思われても仕方がない。自分自身でそう感じるのだから、当然だ。
そう思って「お前にはつきあいがあるんだろうから、別に無理をしなくていい」と本人に向かって口にすると。

「んー? 別に無理なんかしてないぜ」

お前と一緒にいるほうが楽しいからさ……と。
当たり前のように笑いかけてくる相手の顔があまりにも自然すぎて。
俺はなんとはなく居たたまれない気持ちになって、思わず目をそらしてしまった。

――本当は、分かっている。

自分は、たいして(どころかまったく)面白いことを言えるわけでもなく、表情はいつも怒っているかのような無愛想な無表情。会話といっても、ほぼ一方的にアイツがしゃべりまくっているだけで、俺はたまに相槌を打つ程度。
感じ悪いだとか、暗いだとか、おおよそネガティブとの親戚付き合いだけが得意な俺と一緒にいたって、アイツにとって何一つ実になることはない。もっとずっと相手にとって「いいつきあい」ってのがあるんだろう。
けれど……

「……サボるな」
「うわ、鬼っ! 俺の喉にも限界があるって」
「もうちょっと、出るだろ。お前の声はもっと伸びる」
「うあー、ほんっと、音に対しては容赦ないよなぁーお前」

そういうの好きだけどさー……と笑って、俺の無茶に応えてくれる。
アイツの奏でる音が、俺のつくる音と重なって、『歌』になる瞬間。
日の光がガラスの気泡に当たってきらきらとはじけるような、瞬く時間。
同じ夢を共有できるってことが、こんなにも胸を熱くするんだと知ってしまったから。

自分に気を使わせないようにさりげなく――けれど、決して突き放さない相手の優しさに甘えている自分は、ひどくずるいのだと……知っている。





聞きなれた足音、すっかり馴染んでしまった騒々しい気配が近づいてくるのがわかる。

「ふられたー!!」

いつものように。
身振り手振りで大げさな泣きまねをしながら、アイツがぐだぐだと絡んできた。
羨ましさも通り越すくらいにモテるクセに、すぐにフラれたといって泣きついてくるのだ。

「またか……何故いちいち俺に言いにくるのか……お前は」
「うわーん、なぐさめて~」
「……知るか」

はぁ……と、聞こえるようにこちらも大げさにため息をついてみせたのだが、悲劇の主人公になりきっている相手には全く効果はなかったらしい。
ぐでーっと、力の抜け切った状態で背中にのしかかってくる相手の体が非常に重い。
肩越しに首に回された相手の腕が、首に当たって苦しいもので。跳ね除けようかと思ったが、さすがに少しは可哀相かと思い直して、相手の気のすむようにさせてやる。

「……どうせまた『冷たい』とか『ほんとはわたしの事なんか好きなんじゃない』とか言われたんだろうが。……浮気グセもほどほどにして、少しは学習しろ」
「ひどいっ。アナタがナンパしてきたのに、アタシを捨てるのねっ」
「!? 誤解を招くような言い方をするな。あれは……」
「あれはー?」

消えかけた俺の言葉尻を逃がすまいとするかのように、ひょいと肩越しに覗き込んできた相手の瞳とばっちり視線が合ってしまった。
続きを促すその顔が、完全に面白がっている。
適当に誤魔化すこともできないと観念して、俺は口を開いた。


「…………あまりにも、(声が)綺麗だったから。……(お前の声が)欲しいって思ったら、とまんなかったんだよ……」


そう、あの時。
珍しくつぶれることのなかったクラス合同の選択授業で、たまたま歌唱のテストになって。ランダムに指名された生徒が、偶然他のクラスだったアイツで、はじめてあの声を耳にして――頭が真っ白になった。

この声が欲しい、と。

それだけが、体中をぐるぐると回っていた。
他人なんか全く興味がなかったのに。
ただ、ただ、アイツのことしか考えられなかった。

――焦がれたんだ、あの透き通るようなただひとつの音に。

「うわー、そんな情熱的な告白されると照れるなー」

セリフを棒読みしたかのような、のほほんとしたアイツの声。
まるで俺の言葉の全てを茶化すようなその声音に、カッと頭に血が上った。

「からかうな!」

首に回されていた腕をふりほどき、肩で相手の体を突き放す。

「俺は、本気なんだ」

ヤツの顔を振り仰ぐようにギリっと睨みつけ、切り捨てるように言い放った後で……相手の苦笑いのような表情を目にしてはっとする。
そう……だよな。
いくら俺が必要だと思っていても、目指す音が何よりも大切だと思っていても――しょせんそれは自分の独りよがりにしかすぎないこと。自分だけが熱くなっていたところでどうしようもないことだ……けれど、でも……俺は……。



「……お前の声、俺にくれるか……?」



ぼそり、と呟いた声に。
小さく笑う音がした。

「ああ、持ってけよ」
「……軽く言うな」

思わずはぁ…とため息を吐く。
だめだ、やっぱりコイツには通じていない。

クスクス笑ってばかりで、まるでつかみ所のないやっかいな相手。
どうやって本気にさせるべきかと思い巡らせる自分には、囁やくように落とされた声など、当然耳に届いていなかった。



――ばーか、もうずっと前から全部お前のもんだよ。







>> 友人視点


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