残光


「うわっ」

突然窓の外で弾けた閃光のあまりの眩さに、肩がびくりとはねあがり、キーボードを打つ手が止まった。
間髪いれずに響いてきた地鳴りのような音に、ああ雷だったのかと小さく息をつくいていると。
まるで面白いものでも目にしたかのような、くすくすという忍び漏れた笑い声が耳に届いた。

「……何か、言いたいことがあるみたいだな」

声の方向を見てしまえば、絶対に自分にとって面白くない事態が待ち受けている。
そう確信めいたものがもやっと胸にたまって、敢えて振り向くことはせずに、背後の気配に対して声を投げかければ。
「いいえそんな」なんでもありません……と続けられた声が微妙に震えていることに気が付かないとでも思ったか。
どうにも我慢できずに、モニターの映り込みでちらりと相手の表情に目を走らせて見れば、案の定。

「……うそつけ。お前、目が笑ってる」
「あれ、ばれちゃいましたか」

まるっきり悪びれることもなく、青色の髪の青年はいっそう笑みを深くした。

「マスター、眉間にしわがよってますよ?」
「……誰がさせてるんだ」
「そんな険しい顔しないでください、せっかく綺麗な顔なのに台無しです。さっきのは馬鹿にしたんじゃないんですから……マスターにも苦手なものがあるんだなぁって思って」

「なんか嬉しかったんですよ」……と、背後から俺の肩越しににょっきりと腕が伸びてきて、回された両手が鼻の先できゅっと結ばれる。
ぺとりとあごを肩に乗せてくるので、首筋に相手の前髪がかかってくすぐったいことこの上ない。
クーラーを付けるほどではないが、初夏の夜は十分に暑い。雨が降っているからなおさら不快指数が上がり、蒸し風呂一歩手前だ。
暑いから離れろと言ってはみたが、言うことを聞くどころか、見た目だけは超美景の青年――カイトは、余計にぐいぐいと鼻先を肩口にこすり付けてきた。手持ち無沙汰の両手が、ひょいと俺の眼鏡のフレームを持ち上げ、細い指先で弄ぶ。
こら、本当に犬かお前は。

……いや、犬のほうがまだ聞き分けがいいのか……?

くっついたまま離れようとしないカイトの様子に、仕事の続行はしばし諦めて。
はぁとあからさまにため息をついてみせた。

「まったく……苦手というか…予測できないことには誰だって驚くだろ……」

予測ができれば構えもできる、予想がつかないからこそ自然は恐ろしく、その力に圧倒される。
更に激しさを増した雨音が、いやおうもなく記憶を刺激する。
何が起こるかわからないから、何に縋りようもない。
もがこうにも把握すらできないものに手も足もでず、起こってしまった現実にただただ自分だけが目を開けられず。
偶然という悪意に蝕まれ、心はあの時からいつまでも立ち止まったままで……

「………うわっ」

ふたたび強烈に瞬いた光の線に、またも声がでてしまった。どーんという音とともに、部屋の窓ガラスがビリっと震え、バチンッと蛍光灯にノイズがはしる。

――というか、これものすごく近くないか?

自分の記憶の内に沈んでいた心が、急速に浮上し現在とリンクした。
全ての電化製品にとって、停電は天敵。
ボーカロイド自体はソフトであるとはいえ、本体である俺のパソコンと切っても切れない関係にあるカイトだって、いまのこの状況はあまりのんきに構えてもいられないようなきがするんだが。

「はい、落雷は危険です。逆流なんかしたら、データがショートして物理的に存在が抹消されかねません」
「………………」

だから笑顔でいうな、と。
身に危険が迫っているというのにどこか楽しげな相手の仕草に、お前は台風ではしゃぐこどもかと胸の内でため息をつきつつ。

「……今日はもう落とすぞ」
「はいマスター。また明日………。…………そ、…………」
「…………え? あ、おい、カイトっ!」

すっと離れる腕のぬくもり。
立ち上がり、振り返り。
思わず伸ばした自分の指先は虚しく空を切り。
雨音に吸われるように、掠れた声と同調するかのように。
青い髪の軌跡が空中に微かな粒子を残し、まるで全てが幻だったのだと宣告しているかのごとく、ゆれるひずみにカイトの姿がふっとかき消えた。

笑ってるくせに泣き出しそうな。
胸の奥がじくりと疼くかせるような、淡い残像を自分に焼き付けて。






……いっそ、壊れてしまえば楽になれますか……?





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shima



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