このぬくもりを

原因は、本当に些細なことだった。

自分の言葉に逐一反応する相手の様子がおもしろくて、つい調子にのってしまい。
黙り込んでしまったアイツの態度に、しまった余計な事まで言い過ぎた……と気がついたけれど、時すでに遅し。

「……もう、いい」

かすれ気味に落とされたアイツの呟きが、針のように鋭く俺の胸に突き刺さって。
消えるような声が、抜けない棘になってじくりと身体を苛む。
悪い……と謝罪のセリフを言いかけた自分の声が、喉の奥にはりついたたま封じられてしまった。



悲しそうな顔を見たいわけじゃない。
笑って欲しかったんだ……俺だけに。



ふっと顔を背け、悔しげに口元を歪ませるアイツ。
謝罪のタイミングを見失ったまま、俺は遠ざかってゆく背中を見つめるしかなかった。

――それが、つい1時間ほど前の出来事。








「ということでだ。コレで許してっ!!」

拝み倒すように右手を顔の前にかざし、ほんわかと湯気がこぼれる袋を相手の顔先にずいっとつきだした。
なんともいえない甘い匂いが周囲に広がり、いい具合に空いてきた小腹を刺激してくれる。

「……なんでここにいるのがわかったんだ」
「お前の行動範囲を俺が分からないと思ってか。ちゃんと焼き立てだだぞ」

ぱんぱんに膨らんだ袋を揺らすと、迷うように視線の先がゆれているが見て取れた。
よーし、後一押し。
勝利を確信して、俺はさらに追撃の一言を唇にのせる。

「ふっくらほこほこの十勝産の小豆ぎっちりだぞー」

う……という呻き声が聞こえた。

「仕方ないな……今回はこれで勘弁してやる」

ゆっくりと手を伸ばしたアイツの声が、嬉しそうにワントーン上がっていたのを俺は聞き逃さない。
――コイツほんとに好きなんだな……たい焼き。


なんてわかりやすいんだと思いながら。
はふはふ…と息を吹きかけつつ、両手で包み込みようにたい焼きを持ちながら、ひたむきに頬張る相手の姿を思わずじっと凝視してしまう。
幸せそうだよなぁと、思うだけで。見ているこっちまでんなんだか気持ちがあったかくなってくるのが分かる。
俺はこうやって、この一瞬ごとに、やっぱりコイツの笑った顔が一番好きなんだなと思い知らされるんだ。
俺の視線に気がついたのか、ふっと顔をあげた彼は俺と手元を交互に見比べはじめた。
あー、今何を考えたか手に取るように分かるぞ。

「――食べるか?」

ちょっとだけ名残惜しそうに尻尾を見つめながら食べかけを差し出す仕草に、思わず小さくふきだしてしまう。
お前、両手でたい焼き持って上目使いとか、反則だろうが。

「いいよ、お前にやったんだし。好きなだけ食えよ」
「……そうか?」

じゃあ遠慮なく食うぞ、と二つ目に手を伸ばして。
うまい、と小さく呟いた相手の声に、やっぱり耐え切れずふき出してしまった。




「で、次のシリーズは最初に出てくる紫のジャケットの女が事件の鍵を握っててさ~」
「――その先を言ったら、殺す」


この拗ねたような声が聞きたかっただけとか言ったら、本当に殺されかねないな、俺。





------------------------------------
原因は推理小説のネタばらし


page up

shima



contents

Text

Illust